危険な空き家が倒れそうなのに、所有者が撤去命令に従わない。道路上に放置された物が通行の邪魔になっているのに、持ち主が片付けない。
このように、行政が命令を出しただけでは問題が解決しないことがあります。
そこで出てくるのが、行政上の強制執行です。行政が、国民に課された義務を実現するために、自分の力で一歩踏み込む仕組みです。
今回は、行政上の強制執行の全体像、代執行ができる義務の範囲、行政代執行法の要件と手続、そして宝塚市パチンコ店規制条例事件を整理します。
行政上の強制執行と代執行
コタロー
先生! ニュースで「危険な空き家を行政代執行で取り壊しました」って見たよ。命令を無視されたら、役所は裁判所に頼んで壊してもらうの?
ワンブル先生
そこが今回の入口だね。行政上の義務を実現する場面では、行政が民事裁判に頼るのではなく、法律で認められた自前の強制手段を使うのが基本なんだ。
ここだけチェック
今回のポイントを先に並べておきます。
チェックリスト
- 行政上の強制執行は、義務違反を前提に義務の実現を図る仕組み
- 即時強制は、義務を命じる時間がない緊急場面で直接力を使う仕組み
- 行政上の強制執行全体をまとめる一般法は存在しない
- 行政代執行法は、代執行についての一般法
- 代執行の対象は、代替的作為義務に限られる
- 代執行の手続は、戒告、通知、実施、費用徴収の順に進む
- 非常の場合・危険切迫の場合には、戒告・通知を省略できることがある
行政上の強制措置の全体像
行政が国民に義務を課しても、相手がその義務を守らないことがあります。
たとえば、「危険な建物を取り壊しなさい」と命じたのに、所有者が何もしない場合です。命令だけで終わってしまうと、公益を守れません。
そこで行政法は、行政が一定の要件のもとで義務の実現を図る仕組みを用意しています。
大きく分けると、行政上の強制執行と即時強制です。
行政上の強制執行
行政上の強制執行とは、国民が行政上の義務を履行しない場合に、行政がその義務の実現を図る仕組みです。
先に「しなさい」「払いなさい」といった義務があり、それに従わないから強制手段に進む、という流れです。
代表例が、代執行、強制徴収、直接強制、執行罰です。
即時強制
即時強制とは、義務を命じる時間的余裕がない場面で、行政が直接力を使う仕組みです。
たとえば、火災の延焼を防ぐために建物を破壊する、泥酔者を保護する、といった場面です。
行政上の強制執行は「義務違反への対応」、即時強制は「緊急対応」と考えると整理しやすいでしょう。
強制執行全体の一般法はあるか
ここで試験がよく狙うのが、「行政上の強制執行全体をまとめる一般法があるか」という点です。
結論からいうと、行政上の強制執行全体に共通する一般法はありません。
行政代執行法という法律があるため、「これが強制執行全体の一般法ではないか」と思いやすいところです。しかし、行政代執行法は、あくまで代執行についての一般法です。
強制徴収には国税徴収法など、直接強制や執行罰には個別法の根拠が問題になります。行政上の強制執行を全部まとめて処理する共通法があるわけではありません。
代執行とは何か
代執行とは、義務者がやるべき行為をしない場合に、行政庁が自ら、または第三者に行わせ、その費用を義務者から徴収する仕組みです。
行政庁とは
行政主体のために意思を決定し、外部に表示する権限を持つ行政機関です。代執行の場面では、義務を命じたり、代執行を行ったりする側として登場します。
危険な違法建築物の除却命令を受けた所有者が、いつまでも取り壊さない。この場合、行政が業者に依頼して建物を取り壊し、その費用を所有者から徴収する、という流れが典型です。
ここで大切なのは、行政職員が必ず自分の手で取り壊す必要はないことです。行政庁自身が実施してもよいですし、民間業者などの第三者に行わせることもできます。
代執行ができる義務の範囲
代執行は強力な手段ですが、どんな義務にも使えるわけではありません。
対象になるのは、代替的作為義務です。
代替的作為義務とは
本人以外の人が代わりに実行できる「何かをしなさい」という義務です。建物を取り壊す、放置物を撤去する、といった義務が典型です。
危険な建物を取り壊す義務や、道路上の放置物を撤去する義務は、本人でなくても実行できます。だから代執行になじみます。
これに対して、本人にしかできない行為は代執行できません。健康診断を受ける、本人が一定の場所から立ち退く、といった義務は、他人が代わりに実行できないからです。
また、「営業してはならない」「工事してはならない」という不作為義務も、そのままでは代執行できません。誰かが代わりに「営業しないでおく」という形で実行することはできないからです。
コタロー
「建物を壊しなさい」は業者さんが代わりにできる。でも「営業するな」は、代わりに営業しないでおくなんてできないんだね。
ワンブル先生
そういうこと。不作為義務に違反しているときは、別に「建物を除却しなさい」などの作為義務を命じられるかが問題になるよ。
行政代執行の4つの要件
行政代執行法2条は、代執行ができる場合をかなり限定しています。
代執行が認められるには、次の要件を満たす必要があります。
チェックリスト
- 法律または法律に基づく行政庁の命令によって、一定の行為をする義務が命じられていること
- その義務が、他人が代わりにできる代替的作為義務であること
- 義務者がその義務を履行しないこと
- 他の手段では履行を確保することが困難で、その不履行を放置することが著しく公益に反すること
ここでいう「法律」には、条例も含まれると整理されています。
したがって、「条例に基づく義務だから代執行できない」とはなりません。条例に基づいて命じられた代替的作為義務であっても、要件を満たせば代執行の対象になります。
代執行の手続
代執行は、国民の財産に強く関わる手続です。そのため、通常は段階を踏んで進めます。
戒告
まず、行政庁は相当の期限を定めて、「その期限までに履行しなければ代執行をします」と文書で戒告します。
代執行令書による通知
戒告を受けても義務者が履行しない場合、行政庁は代執行令書で通知します。
代執行令書には、代執行をする時期、執行責任者の氏名、費用の概算額などが記載されます。
代執行の実施
実際に代執行を行う段階では、執行責任者が証票を携帯し、義務者などから求められたときは提示しなければなりません。
証票とは
代執行の現場で、その人が執行責任者であることを示す身分証のようなものです。現場で求められたら提示する必要があります。
費用徴収
代執行にかかった費用は、義務者から徴収されます。
費用を納めない場合には、国税滞納処分の例によって強制的に回収できます。つまり、単なる請求で終わるのではなく、税金の滞納処分と同じような強い回収手段が用意されています。
緊急時の特例
通常は、戒告と通知という文書手続を踏む必要があります。
ただし、非常の場合または危険切迫の場合で、代執行を急いで行う緊急の必要があり、戒告や通知の手続をとる時間的余裕がないときは、これらの手続を経ないで代執行をすることができます。
判例:宝塚市パチンコ店規制条例事件(最判平14.7.9)
宝塚市は、住環境を守るため、一定区域でのパチンコ店の建築を規制する条例を定めていました。
ある業者が市の同意を得ないままパチンコ店の建築工事を進めたため、市は工事中止命令を出しました。しかし、業者は命令に従わず、工事を続けました。
そこで市は、民事裁判で工事の差止めなどを求めました。
問題になったのは、行政が国民に行政上の義務を履行させるために、民事訴訟を使えるかです。
最高裁は、市の訴えを不適法として却下しました。
国や地方公共団体が行政権の主体として国民に義務の履行を求める訴訟は、自分の権利利益の保護を求める通常の民事裁判とは性質が違います。法律に特別の規定がない限り、行政が民事訴訟で行政上の義務履行を求めることはできないとされたのです。
コタロー
行政が「命令したのに従わないから、民事裁判で止めてもらおう」とするのはダメなんだね。
ワンブル先生
うん。行政には、法律で定められた強制手段が用意されている。だから、その手続を飛ばして民事裁判に頼ることはできないんだ。
まとめ
行政上の強制執行は、国民が行政上の義務を履行しない場合に、行政が義務の実現を図る仕組みです。
その全体に共通する一般法はなく、行政代執行法は代執行についての一般法です。
代執行ができるのは、他人が代わりに実行できる代替的作為義務に限られます。不作為義務や、本人にしかできない非代替的作為義務には、そのまま代執行を使うことはできません。
最後に、試験で確認したいポイントをまとめます。
チェックリスト
- 行政上の強制執行全体に共通する一般法は存在しない
- 行政代執行法は、代執行についての一般法
- 代執行の対象は、代替的作為義務に限られる
- 代執行法2条の「法律」には条例も含まれる
- 代執行は、行政庁自ら行うことも、第三者に行わせることもできる
- 通常の手続は、戒告、通知、実施、費用徴収の順に進む
- 非常の場合・危険切迫の場合で緊急の必要があるときは、戒告・通知を省略できることがある
- 行政上の義務履行を求めるために、行政が民事訴訟を使うことは原則としてできない